2010年03月31日

優木まおみさんのキャッチフレーズ

女優の優木まおみさんが大好きなのですが、彼女のキャッチフレーズが「エロかしこい」。

エロと知性の合体という点で、『エロ語呂世界史年号』との共通点を感じます。
拡大解釈しすぎでしょうか?


ここで思いっきり彼女のオフィシャルブログにリンクしたいところですが、リンクフリーかどうかわかりませんし、このブログにリンクを貼られても迷惑になる可能性があるので自粛しておきます。

優木さんは、色気も知性も成熟した大人の女性。
うーん、エロ語呂のイメージキャラクターをお願いしたいくらいです。

本のオビに、片目をつむって人差し指を立てた優木さんの写真があって、
「コラッ! 18歳未満は見ちゃダメだゾっ!」
なんて書いてあったりして。

しかし、そのようなことはありえないでしょうから、今後のご活躍を勝手にお祈りしています。

「エロかしこい」万歳!
posted by 江口五郎 at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ごちゃごちゃ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月30日

藤原一族の系譜を語呂で(雑案)

前回の記事に引き続き、藤原一族の実力者の推移について。

前回は藤原北家の台頭についての案を書いたけど、今回は中臣(藤原)鎌足から藤原四兄弟までをなんとか一連の語呂にしようという試み。

カマだからって ふー、ひどい。
鎌足       不比等

度もムチ打ち、包茎 ぶざま、
南家 武智麻呂 北家 房前

仕切って乗り、今日ケツ マロンのよう。
式家  宇合   京家   麻呂


う〜ん、完成度低い。
エロ語呂全体では、オカマを責めるサディスティックな場面のつもりだが、イメージ喚起力は弱い。
まだまだ再考の余地有り。

とりあえずは人名・用語と読み方の確認。

鎌足……かまたり
不比等……ふひと
南家……なんけ。武智麻呂の家が南の方にあったから。
武智麻呂……むちまろ
北家……ほっけ。房前の家が北の方にあったから。
房前……ふささき
式家……しきけorしっけ。宇合が式部卿だったから。
宇合……うまかい。「馬養」と書かれている史料もあり。
京家……きょうけ。麻呂が左京職大夫だったから。
麻呂……まろ

乙巳の変(大化の改新)で中臣鎌足が藤原姓を賜ってから、藤原氏の発展が始まる。

その息子の不比等、さらに不比等の子供の四兄弟までいけば、前回の藤原北家の台頭につながる。

次の点も暗記法に織り込めればベター。

@藤原四兄弟の姉妹の宮子(みやこ)は42代文武天皇の后となった。

A藤原四兄弟の姉妹の光明子(きょうみょうし)は45代聖武天皇の皇后となった。皇族以外出身の初の皇后。
 そして聖武天皇は文武天皇と宮子の子供。

B藤原北家が台頭する前に、南家の仲麻呂が主導権を握った時代があった。仲麻呂は恵美押勝(えみのおしかつ)という名前をもらった。

C藤原氏は一貫して主導権を握っていたわけではない。長屋王・橘諸兄・道鏡などの時代も含めての暗記法が望ましい。


世界史と比べて、日本史は特定の一族から似たような名前の人がたくさん出るので混乱しやすい。

特に藤原氏・源氏・平氏については要注意。
posted by 江口五郎 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本史の暗記法のタネ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

藤原北家の実力者の推移を語呂で(案)

の  キツネただ泣く

北家 冬嗣 良房 基経 時平 忠平


読みに注意。

北家……ほっけ
冬嗣……ふゆつぐ
良房……よしふさ
基経……もとつね これを語呂では「キツネ」と読む点に注意。
時平……ときひら
忠平……ただひら

藤原(中臣)鎌足から藤原四兄弟までの語呂(未発表)と併せて覚えた方が効果的か?

忠平の後の実頼(さねより)から、少なくとも頼道(よりみち)までの流れも語呂にしたい。

摂政になった人と、関白になった人もわかるようにしたい。

急所は次の三点か?

@冬嗣は摂政にも関白にもなっていない。蔵人頭(くろうどのとう)。 ここから北家の台頭が始まる。

A時平は左大臣にとどまり、摂政にも関白にもなっていない。
 宇多天皇が頑張って親政したため。
 右大臣の菅原道真を陰謀によって大宰府に左遷させた。 
  
B『御堂関白日記』(みどうかんぱくにっき)を記した藤原道長(みちなが)は関白にはなっていない。
 摂政のみ経験。
posted by 江口五郎 at 06:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本史の暗記法のタネ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする